COLORFUL SEASON


黄色い悪魔
-side.Yuki-


春。
春という言葉を前に日本人ならいったい何を思い浮かべるだろう。
桜だろうか。入学式だろうか。それともエイプリルフールだろうか。
まあ、何にせよ大多数の人間が浮かれた気分になる・・・・・・というのは外国人向けの嘘であろうと純日本人の私は断言できる。
そう、春。
春とは。

「杉なんで滅んでじまえーー!!づいでに檜もだ!!」

ぐずりと後から後からとめどなく垂れてくる鼻水をティッシュで拭い、真っ赤に染まった眼のかゆみと鼻のかみ過ぎによる頭痛と闘う、

花粉症の季節である。

「・・・・・・相変わらず辛そうやなあ、あーたんは」
「黙れ似非関西人め。何で貴様は無事なんだ!」

私は腹立ち紛れに空になってしまったティッシュ箱(今週3箱め)を非花粉症民に投げつけた。しかしあまりの眼のかゆさに視界が霞み、ティッシュ箱は見当違いの場所に落ちていった。嗚呼忌々しき黄色い悪魔め。

「八つ当たりすら失敗するやなんて・・・あーたん、お前さんほんまに可哀相やなぁ。同情してあげ・・・」
「同情するなら金寄越せ。ウェットティッシュ買うから」
「・・・へん」
「しないのか!鬼!むしろ憎い!というか私は“あーたん”ではない!!ササキユキだ!“あ”も“た”も“ん”も何処にも入ってないぞ!」

私はひとしきり怒鳴ってから新たなティッシュ箱を引っ張り出し、ずびーっと鼻を思い切りかむ。鼻風邪の時に出てくるモノとは違って限りなく水に近い、体から追い出す意味がわからない液体。悪いのは入ってくるもの(花粉)ではなく、受け入れる自分自身の免疫機能だというから笑えてしまう。
何だってわざわざ自らの首を絞める進化を遂げたのだ、私の体は。
退化してしまえ。

「やって、“あーたん”っぽいんやもん。いいやんか、どうせオレとお前さん、名前一文字しか変わらへんのやし」
「だからその“あーたん”っぽいとは何だ。と言うか“あーたん”て誰」
「やからぁ、あーたんはお前さんなんやって。あーたんっぽい、ちゅーんはお前さんらしいちゅうことやねん」

へらへらと私と一文字しか本名が違わない相手、ササキユウキは機嫌よく理屈の通らないことを口にする。この男の理屈の通らなさは私の春の鼻の通らなさと同等である。
実に性質が悪い。

「荷物が重いからって理由でキャリーバックを校内でただ一人引いてくるところとか、寒いからって理由で女子なのに男子の制服を着てくるところとか、腹が減るからって工事のおっちゃんと同じ3段の保温ジャー弁当持ってくるところとかを“あーたん”っぽいて俺は思うねん。特に見た目がどんなにダサかろうと暖かさ重視でロングのダウンジャケット着て、花粉対策でペケマーク描いたマスクつけて、さらにゴツ苦しい花粉対策用眼鏡かけてやな、塾帰りの夜に警察に補導されてるところなんか、最高に“あーたん”らしゅうてええなって俺は思うんよ」
「よし、貴様とは絶交だ」

がたりと席を立ち、鼻水が溜まっているかのように重い頭を宥めつつ帰り支度を始める。
机の中身を全てキャリーバックに移し、もこもこのフードのついたダウンジャケット(黒のロング)を羽織る。河童の口を描いたマスクをし、完全プラスチック製の度の入っていない花粉対策用のぴったりしたメガネをかけた。

「・・・・・・うん。警察に職質されてもなお、そのスタイルを崩さへんところがあーたんらしくてたまらんねんよなぁ」

聞こえない、聞こえない。
暗示をかけつつ私はキャリーバックを引き、教室を出る。
ガラガラと言う騒音に混じって二人分のペタペタというスリッパの音が聞こえているが無視だ。いや幻聴だ。全ては花粉症が成せる奇跡である。

「なぁ、あーたん」
「ぐぇ」

階段を下り、スリッパをもこもこブーツに履き替えたところでフードを掴まれ、首が絞まった。ギっと怒りを込めて振り返ると、私の眼鏡と奴の眼鏡のレンズ越しに楽しそうに輝く瞳とがっちり対面する。

「あーたんのその眼鏡、かわええよな」
「そりゃどうも」
「なあ、今日オレどっか違うと思わへん?」
「いんや、いつも通りうざいと思うが?」
「そこはうざいやなくて愉快やと言うてえや、べっぴんさん」

明らかなお世辞を吐いて、ササキユウキはニコニコと笑う。
ああ、くそう。ここは突っ込まないと駄目なのか。突っ込んだら負けだと思う私は間違いだろうか。クラスメイトが全員褒め称えていたからスルーしてやろうと思っていたのに。

「・・・・その眼鏡は度がきつすぎるんではないか?」

本日卸したてらしい黄色いフレームのおもちゃのような眼鏡は、確かにこのへらへらした印象の男には良く似合っている。見た目の賢さも多少はUPしているようにも感じられた。しかし、私にとってこの黄色い眼鏡は敵である。だって。

「ああ、ほんまにようあーたんが見えるで。今までかけてなかったんが実に悔やまれるくらいや」

私の体は冷え性で、いつも冷たい。春なのにダウンもブーツも手放せないくらいに。
だけれど顔は。

「なあ、あーたん。何でそんなに顔真っ赤にしとるか聞いてもええ?」

嗚呼、黄色い悪魔め。私の秘密を暴いてくれるな。

 


 


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