COLORFUL SEASON


黄色い悪魔
-side.Yu-ki-


春。
春という言葉を前に、日本人やったら何を思い浮かべるやろうか。
花見やろか。入学式やろか。それとも嘘吐きデーやろうか。
まあ、なんにせよ、世の中が暖こうなって機嫌の良い人間が増える・・・と言うんは外人さん向けの方便やろうと純日本人の俺は断言できる。
そう、春。
春とは。

「なぁなぁ、あーたん。学校前に変質者が出たらしいで?」

猫が発情期に入ったり花粉が飛びまくって植物が受粉にいそしんだりと頭の螺子が軽くゆるんで恋と愛が淫らに溢れて舞う、

変態の季節や。

「・・・・・例えば貴様とかか?」
「嫌やなー、あーたん。自覚ないなんて・・・天然さん♪」

俺は目の前で帰り支度に勤しむマイ・あーたんににっこりと微笑む。あーたんの服装は今日も今日とてごつくるしい。黒いロングのダウンジャケットにあっかんべしとる絵が描かれたマスク、そして透明の花粉対策用眼鏡。さすがに4月も終盤になったからか男子用制服では無くなっとうが、スカートの下は未だ分厚い黒タイツがあーたんの細い足をガードしちょる。
・・・あー、早う夏にならんかなー。

「そうか貴様は私に喧嘩を打っているのだなわかった受けてたつぞ!」
「体育2のあーたんが体育4の俺に適うわけ・・・」
「体育5で合気道黒帯の木村さんが代理で!」
「・・・あるわー。すんません。口が滑りましたわ、許してちょんまげ」

ぺこりと軽く頭を下げて、まだあーたんの机の上に残されとったティッシュ箱を恭しく差し出してみる。2日でティッシュ1箱消費しとるくらい、あーたんの花粉症はひどい。あーたんの顔を半分隠すマスクも、残りの半分を覆う透明な眼鏡も、植物どものラブコールを防ぐため。まったく、自分じゃ動かれへん植物の癖に俺のあーたんに粉かけよって・・・・・羨ましいわ!

「・・・貴様の口の軽さは少々日本人としていかがなものかと思うぞ?第一私はあーたんではないと何度言えばわかるんだ貴様」

はあ、とため息をついてあーたんはまだ手袋をはめていない白い手で俺から箱ティッシュを受け取り、通学鞄であるキャリーバックの上部にセロテープで貼り付けた。もはやサブの手提げ鞄は完全なるゴミ袋と化しておるらしい。花粉症ではない俺からすれば、いったいあーたんの細っこい体のどこからそれだけの水分が出てきているのかまるで見当も付かん。ミラクルやなぁ。

「褒めてくれてありがとさん。大阪人の耳は素通りボケて、口は回ってなんぼやで」
「本場の大阪人に土下座して来たまえ!大阪に一度も行ったことないのだろう、貴様」
「って純関西人の両親が言っとったもーん。生まれ育ちは関東でも俺のソウルは大阪なんやー!!」

だんっと足を椅子の上に乗せて、夕焼けに向かって叫んでみた。ついでに叫びたい、煩悩の限りに。あーたんのマスクの下とタイツの中身と×××の中まで見たい。言うたら嫌われるから言われへんけど。男子高校生は大変なんやでー?全く黄色い悪魔どもめ・・・お前らの自由っぷりが恨めしい。せめてあーたんのマスク無しモードくらい見せてくれや。

「行儀が悪いぞ、ササキユウキ。そして後でその椅子を拭くように。でないと厠に行った靴の足跡の上に座る羽目になるぞ」
「かわや、て。何時代よあーたん・・・へい、すんません、拭きます。ココ俺の席や無いしなぁ、明日から」

花粉症のせいで真っ赤に充血した目であーたんに睨まれて、俺は慌てて脚を下ろして頭を下げた。顔の大半マスクとメガネのせいで隠れてしまっとうけど、あーたんの顔は整っておるので睨まれると結構怖い。可愛い系ではなくて綺麗系なんよなあ。一重やけど大きく見える切れ長の目と筋の通った鼻筋と。口かて上品な形しとう上に桜色で、マジ俺のどストライクなんに。全く持ってメガネとマスク、邪魔やわぁ。
しかし俺の煩悩にまみれた春思考を知らないあーたんは、ぽん、と手を“なるほどなっとく!”と言うポーズで叩いた。一度マスクをずらして鼻をかみ、元に戻して会話を続ける。

「そう言えば今日席替えしたのだったな!すっかり忘れておった。危ない危ない」
「つい5分前のこと忘れるなんて・・・あーたんそれはボケすぎや」
「ようやく貴様と席が離れられて安泰だな!」
「それは酷い言いぐさでっせ、あーたん」
「しかしてササキユキとササキユウキで席が前後では、先生方に間違えられて不愉快極まり無いのだよ。・・・私は居眠りなどしておらんのに!貴様のメガネは居眠り防止機能はついてないのか!?」

俺の抗議を無視したあーたんは、予告なしに白くて華奢な手を伸ばし、俺の鼻からメガネを奪い取っていった。最近作ったばかりの黄色いフレームのメガネを失ったために、一瞬にして俺の世界がぼやける。ようこんな世界で生活できとったわと、今では不思議になるほどに。今やこのメガネは大事な大事な俺の相棒である。あーたんになら俺の持ちもの浚われてもええけど、さすがにあーたん相手でもコレばっかりはとられては困る。あーたんの反応が見えんのは詰まらん。

「ちょ、あーたん返してーや。前見えへんやろ」
「何度も言っているが私はあーたんではないぞ。・・・しかし本当におもちゃみたいだな、このメガネ。プラスチックだし軽いし。ばあ様のメガネはあんなに重いのに」

ふわふわと俺の視界の中央を黄色い物体が浮遊する。手を伸ばして取り返そうとするとひょいと逃げていくのでなかなか上手くいかん。構ってくれるのは嬉しいんやけど、メガネつけてるときに頼むわ、あーたん。

「そりゃ技術は進歩しとるから、というかほんまに返してくれ。あーたんの別嬪具合が見えんやろ」
「お世辞は結構だ。こんなガリガリの鳥ガラ洗濯板娘は少なくとも私の好みではない」

ふん、とあーたんが鼻を鳴らした。くそう、こうなったら奥の手や。

「じゃあ、何でそんな顔赤いん?」
「っ鼻の、かみ過ぎだっ!ほれ貴様のメガネ!ではお先に失礼だ!」

えいやっ、と黄色のフレームメガネをあーたんは俺に向かって投げてきたので、反射で顔の前で掴み取る。その一瞬であーたんはくるりと俺から背を向けてしまった。ガラガラガラとキャリーバックをひきずって、あっと言う間にあーたんは遠ざかってしまう。

「・・・また逃げられてもうた・・・」

がっくり、と俺は肩を落とした。世の中ピンク色なんに、俺の春は遠いらしい。
役立つメガネも今回ばっかりはちょっと憎みたい勢いや。

嗚呼、黄色い悪魔め。俺の恋路を邪魔してくれるな。
 

 




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