COLORFUL SEASON


白の事件簿
--- 猛々しき一族+Colorful Seasonコラボ小説 ---


――それは不本意極まりない、三者面談の後だった。
 帰り道、ふざけて絡んで来る兄がふと顔を上げた。
 そのまま今まで辿ってきた道を振り返り、暫く見つめ――走り出した。
「兄さん?」
「何か変な叫び声が聞こえたからちょっと行ってくる。――お前は先に帰ってろ」
 僕の耳には何も届かなかった。が、兄の感覚の鋭さは異常だ。変な叫び声、は確かに上げられたのだろうと思う。
 兄の後ろ姿はあっという間に遠く、小さくなっていく。
 僕は暫く見送り…そういえば兄の腹に空いた傷は痛くないのだろうか、と考えて、どうせ心配したところで無駄だという至極真っ当な結論に至った。…5階から落ちても腕一本で済んだぐらいだし。
 言われた通り素直に帰宅しようかと考え、止めた。
 たまには好奇心を覗かせてみるのも悪くない。
 
 

白の事件簿 <壱> --- 猛々しき一族+Colorful Seasonコラボ小説(BY 今野) ---


 
 
 うぎゃぁあああああ、という叫び声が聞こえたので、榊糺はその方向に走っていた。
 方向としては弟の通う高校であり、糺自身の母校でもある、酒乃高校近辺だ。
 叫び声、というのは色々ある。小学生の子どもが上げる怪奇音のような甲高い声。若い女性が上げる姦しい声。若輩者が上げるじゃれた声。日常の生活音のようなそれらの他愛もない声と、真に危険が差し迫った時の悲鳴を正確に判断できなければ警官は務まらない。先程の声は間違いなく後者に属するものだった。若い女の悲鳴。直結するのは痴漢の類だろうか。
 酒乃高校校門から少し離れたところ。
 
男が小さい影に手を伸ばしていた。
慌てて飛び退く影と、執拗に追う男。背格好からいって影は子どもか少女であり、明らかに男は不審人物だった――現在進行形で。
小さい影がさっきの声の主だろう、と見当を付ける。薄暗い日の落ちた時刻と、頼りない外灯。そして冬用の装備を充実させ過ぎた姿は性別が全く分からないが、他に不審な状況はない。
男は糺の接近に気が付かず、逃げる素ぶりも無く犯行を続けている。
 
糺は男が伸ばした魔の手を逆に掴み、
 
「――何やってんだ?」 
 
 と、極めてシンプルに問いかけた。
 
 男は漸く糺を認識し、掴まれた腕をそのままに、もう一方の手を懐に差し入れ――ナイフを取り出した。
 にぃ、と糺は笑う。その笑顔には苦笑いも含んでいた――ナイフを出してしまうと、余罪が追加追加追加されるのだ。
 男の腕を掴み上げたことでガラ空きになった脇腹にナイフが突き込まれる。小さく息を飲む音は糺の背後、庇われた影から聞こえる。糺のスーツから突き出たナイフの先が光った。
 
「――っはははっ!馬鹿が。――これで、正当防衛、だ。分かるよな?分かったか?分かったら、」
 
 嘲りはスーツを裂かれた糺から吐き出され、その嘲笑が男が聞いた娑婆の最後の音となった。
 ボタンを留めない癖がある所為で、糺のスーツはいつもひらひらと翻っている。そのスーツが広がった影で、糺は僅かに上体を捻り、ナイフを避けたのだった。男にとって最高のタイミングと最高の角度でなされたはずの刺突は、結果的に男を猛獣の牙の下へと導くことになる。
 男の首に糺の片手が掛かった。ナイフを持ったままの腕は糺に掴み引き寄せられている。骨張った、大した筋肉も付いていないような手だ。男はまず自分の首を抑える手の小指を掴み、捻ろうとして――失敗した。――勝てないのだ。小指一本に掛かる握力に、男の全力が。ちなみにこの小指を狙う技は、皮肉にも痴漢対策に使われるものだったりする。
 
「ちょっと里帰りして来いよ。――地獄に」
 
 男の抵抗を握り潰す勢いで、糺は片手で男を締め落とした。
 きゅ、と絞られた血管に意識を失い、男は崩れ落ちる。力が完全に抜けてから、糺は男の首と腕を解放した。男が死んでいないか一応確認し、この凶行の被害者を改めて振り返ると、
 
 糺は首を傾げた。
 
「…えーと、女の子、であってるよな?」
 何しろその被害者は、分厚いコートに毛糸の帽子、更には耳当て、マスクに手袋とブーツ。露出は最小限に抑えられているどころか、着膨れて防寒対策過剰気味、だった。かろうじで自由に外気に当たっているのは、目元と長い髪の毛のみ。
(…あ、木下に聞いたことあるな…。不審人物に見える女の子の話)
 後輩から聞いた少女の話を思い出し、糺は嫌味なく笑った。

 




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